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├計量計測データバンク ニュースの窓-495-法学の川島武宜と経済学の宇沢弘文 ― 二人の業績と社会に与えた影響とその共通項 2026年10月9日
· @横田俊英
├見ていた青春「神田学生街の一九七〇年」-改訂版5稿-2026年10月09日・@森夏之
[川島武宜と宇沢弘文の共通項の図解]

[法社会学者の川島武宜が示す家、家族、家族制度、結婚の戦後日本の現状把握]
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項目 |
川島が描いた現実(家制度のもと) |
川島の処方 |
出典 |
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家長と家族員 |
家長の命令は絶対。親や夫への「口ごたえ」「理窟」は尊厳を犯す大罪 |
家制度をなくし、個人を権利の主体として自立させる |
「日本社会の家族的構成」1946年 |
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妻と子の地位 |
権力の「客体」であって「主体」ではない。父子・夫婦・兄弟姉妹に厳然たる「身分」の別 |
権利と義務が対応する「近代的民主的」な関係 |
1946年論文、「権利の体系」1951年 |
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親子の道徳 |
子の「孝」は絶対・無条件。親の「慈」とは質的に異なる「身分」的な義務 |
「孝」を支配のイデオロギーとして批判 |
「イデオロギーとしての『孝』」1957年 |
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家と社会 |
親分と子分、本家と分家、地主と小作に擬制的に拡大。家族国家で「孝」が「忠」へ |
「力の支配」ではなく「法の支配」を民主主義の本質とする |
1946年・1957年論文、『家庭の法律』1955年 |
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「家族制度」 |
明治民法の戸主権として法制化され、教育勅語などで教え込まれた理念。言葉に三つの意味が混在 |
家制度の廃止、復活論への反論 |
「イデオロギーとしての『家族制度』」1957年 |
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結婚の決め方と目的 |
「婚姻は父母の決定によって生ずる」という意識。結婚は祖先の祭りを絶やさぬ「孝」の手段 |
家の決定から結婚を切り離す(家制度の廃止) |
「事実婚主義と法律婚主義」1947年、1957年論文 |
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婚姻の届出 |
嫁を見定めるまで届出を遅らせる慣行。届出のない妻の地位は不安定 |
結婚と同時に届け出る法律婚を徹底。事実婚主義は退ける |
「事実婚主義と法律婚主義」1947年 |
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内縁の破棄 |
届出前なら嫁を実家へ返しても戸籍に残らない。嫁の立場は舅・姑の恣意次第 |
不当破棄は「人格権侵害」の不法行為として救済 |
「事実婚主義と法律婚主義」1947年 |
「川島の処方」の列のうち、「家の決定から結婚を切り離す」は、家制度の廃止という川島の主張からの整理であり、川島の文言そのものではない。
図解:宇沢弘文の社会的共通資本概念
図は横田俊英の作成。社会的共通資本は、自然環境、社会的インフラストラクチャー、制度資本の三つからなる。宇沢の議論の要点は、それを市場にも官僚にも委ねず、社会から信託された職業的専門家が管理するところにある。各柱の下段には、その分野で宇沢が展開した主な議論を示した。
法学の川島武宜と経済学の宇沢弘文 ― 二人の業績と社会に与えた影響とその共通項 2026年10月9日 · @横田俊英
· @横田俊英
法社会学者の川島武宜(1909〜1992)と経済学者の宇沢弘文(1928〜2014)は、専門も世代も異なる。しかし二人は、ともに東京大学で教え、文化功労者となり、専門の枠を超えて戦後日本の社会に問いを投げかけ続けた。本稿は、先にまとめた二つの文書をもとに、二人が残した社会的業績と社会への影響から共通項を拾い出して論述する。
結論を先に述べれば、二人の共通項は七つにまとめられる。人間の尊厳を出発点とする学問観、「権利」の言葉で社会を問う姿勢、理論と現実のずれを測る方法、岩波新書を通じた市民への問いかけ、制度や政策と現場への影響、共同体と共有資源へのまなざし、そして1968年という転換点である。あわせて、二人に共通する限界にも触れる。
二人の学問は、いずれも「人間の尊厳」という価値から出発している。川島は、家や村の共同体に縛られた人間を、権利の主体である自立した個人へと解き放つことを戦後民主化の課題とした。1946年の論文「日本社会の家族的構成」では、それを「民主主義革命」の課題とまで呼んでいる。
宇沢もまた、経済学は人間の尊厳を守り、人々を幸福にするためのものでなければならないと考えた。数学から経済学に転じた動機は、戦後の貧困への関心であり、河上肇『貧乏物語』への感銘であったという。晩年の著作の題名『経済学は人びとを幸福にできるか』(2013年)や『人間の経済』(2017年)にも、その問題意識がそのまま表れている。
二人は、丸山眞男や大塚久雄と共に、戦後日本の社会科学が抱いた「人間を中心に置く」という理想を共有していた。その理想は、川島では家制度への批判として、宇沢では市場原理主義への批判として現れた。批判の向かう先は違うが、人間を何かの手段にしてはならないという点で二人は一致している。川島が批判したのは、結婚を「孝」のための手段とする家の秩序であり、宇沢が批判したのは、人間の生命を費用便益分析の数字に換算する経済学であった。
二人はともに、社会の問題を「権利」の言葉で語った。川島にとって法とは「権利の体系」であり、権利は「独立して対抗しあう主体の間の力の緊張関係」を前提とする(「権利の体系」1951年)。『家庭の法律』(1955年)では「『力の支配』ではなくて、『法の支配』が、民主主義の本質であり、生命である」と書いた。『日本人の法意識』(1967年)では、日本人にとって権利や義務は「あるような・ないようなもの」だと、権利意識の弱さを問題にした。
宇沢も、『自動車の社会的費用』(1974年)の議論を「市民の基本的権利」から組み立てた。自動車の社会的費用とは、健康や安全に歩くことといった市民の権利への侵害であり、その権利を守るために道路を造り替える費用として計算される。経済学者でありながら、宇沢は市場の効率より先に、守られるべき権利を決めたのである。
この発想は、川島の入会権論にも通じる。川島は、入会権を共同体の規制に埋没しない「私権」、つまり国家でも勝手に取り上げられない財産として理論化した。宇沢が成田空港問題で、国の計画よりも地域住民との話し合いを優先する立場に立ったことも、同じ方向を向いている。二人はいずれも、公共の名のもとで一人ひとりの権利が踏みにじられることを拒んだ。
二人はともに、厳密な理論を身につけたうえで、その理論と日本の現実とのずれを測ることに力を注いだ。
川島は民法解釈学から出発し、『所有権法の理論』(1949年)で近代的所有権の理念型を描いた。その一方で、家族、養子、家元、漁村の婚姻、農家相続、入会、温泉権などを現地で調査し、日本の家や村で実際に行われている「生ける法」を確かめた。理念としての近代法と、現実の慣行との差が、川島にとって「近代化」の課題であった。
宇沢は数学から出発し、二部門成長モデルなどで新古典派経済学の理論を極限まで磨いた。しかし帰国後に目にしたのは、公害、自然破壊、歩道もないままのモータリゼーションという現実だった。理論が前提とする安定した市場と、現実の経済がもたらす破壊との差が、宇沢を社会的共通資本の構想へと向かわせた。
二人とも、自らが修めた理論を拠り所にしながら、その理論だけでは現実を捉えきれないという自覚をもっていた。その結果、川島は法解釈学から法社会学へ、宇沢は数理経済学から制度と社会の経済学へと、それぞれ学問の重心を移した。川島はイェーリングやギールケを、宇沢はマルクスやヴェブレン、ケインズを読み直し、主流の外にある思想から手がかりを得た点も似ている。
二人の社会的影響の大きな部分は、専門論文よりも一般向けの著作、とりわけ岩波新書を通じてもたらされた。
川島は『結婚』(1954年)と『日本人の法意識』(1967年)を岩波新書で出した。とくに『日本人の法意識』は広く読まれ、日本人は訴訟を嫌うという理解を一般に定着させた。『家庭の法律』(1955年)や『結婚の理想と現実』(1956年)など、新しい家族法を市民に伝える本も書いている。『日本社会の家族的構成』も、筒井清忠が「戦後近代主義社会科学の最高の成果群の重要な一角」と評したように、学界の外でも読まれた。
宇沢は『自動車の社会的費用』(1974年)をはじめ、『近代経済学の再検討』(1977年)、『経済学の考え方』(1989年)、『「成田」とは何か』(1992年)、『地球温暖化を考える』(1995年)、『日本の教育を考える』(1998年)、『社会的共通資本』(2000年)と、多くの岩波新書を書いた。『自動車の社会的費用』はベストセラー、ロングセラーとなり、「社会的費用」という考え方を世に広めた。
二人にとって新書は、専門知識の後結ではなかった。民主主義は市民一人ひとりが法や経済の仕組みを理解し、自ら判断することでしか成り立たない、という確信に基づく啓蒙の実践であった。川島が『家庭の法律』で、明治以来の「依らしむべし、知らしむべからず」の政治が国民を法から遠ざけてきたと書いたのは、その問題意識をよく表している。
二人の議論は、書物の中にとどまらず、制度や政策、そして紛争の現場に影響を及ぼした。
川島の家族論は、戦後の民法改正による家制度の廃止を支える議論となった。1947年の論文「事実婚主義と法律婚主義」で唱えた届出婚の徹底は、新民法が届出婚主義を採ったことと方向を同じくしている。川島は法制審議会民法部会の委員も務めている。入会権について川島が確立した全員一致の原則は、今日でも最高裁判決を批評する際の基準として参照されている。
宇沢は、成田空港問題で隅谷調査団の一員として、国と反対同盟が初めて同じ席につくシンポジウムと円卓会議に関わった。水俣病問題の解決にも関与している。地球温暖化では比例的炭素税と大気安定化国際基金を提案し、実際の政策にはならなかったものの、炭素税をめぐる議論に影響を与えた。
ここで共通するのは、学者が社会の現実の問題に責任をもつべきだという姿勢である。川島は退官後、弁護士として活動した。宇沢は東大退官後も新潟大学、中央大学、同志社大学で社会的共通資本の研究を続け、晩年には「TPPを考える国民会議」の代表世話人となった。形は違うが、二人とも最後まで社会の問題に関わり続けた。
二人はともに、山林や水、土地のような共有資源を人々がどう管理するのかという問題に向き合った。ただし、その評価は対照的であり、そこに二人を並べて読む面白さがある。
川島にとって、入会という村の共同的な山林利用は、近代的所有権が成立する前の形態であった。川島はそれを「総有」として理論化し、近代化に伴うその変容を「入会権の解体」として追跡した。個人を縛る共同体からの自立が課題である以上、共同体は乗り越えられるべきものという位置づけになる。ただし川島は、入会権者の全員一致の原則と入会権の私権性を強く擁護し、共同体の内部にある個人の権利を守ろうとした。
宇沢にとって、自然環境や地域の資源を共同で管理する仕組みは、市場の暴走から人間を守るものとして積極的に評価される。自然環境、社会的インフラ、制度資本からなる社会的共通資本は、「共通の財産として社会的な基準にしたがって管理、運営される」べきものであり、私有化して市場に委ねてはならない。農村や入会地のような共同管理は、宇沢にとっては解体すべきものではなく、守り育てるべきものであった。
その対照は、今日の議論にも現れている。川島の入会権論に対しては、コモンズ論の側から、村落の共同性が地域の内発的発展に果たす役割を見直す問いが出されている。その問いの方向は、宇沢の社会的共通資本の考え方と重なる。個人の自立を重んじた川島と、共同で守るべきものを重んじた宇沢は、戦後日本の社会科学が「近代」をどう捉えてきたかの二つの面を示している。
二人の人生には、ともに1968年前後に大きな転換点がある。しかもそのとき、二人は同じ東京大学にいた。
宇沢は1968年、ベトナム戦争に加担する米国への反発から、シカゴ大学教授の地位を捨てて東京大学経済学部に移った。これを機に宇沢は数理経済学から離れ、社会的共通資本の構想へと向かう。宇沢にとって1968年は、新しい仕事の始まりだった。
同じころ、東大は1968〜69年の大学紛争のただ中にあった。法学部は1968年10月12日に無期限ストに入っている。川島はこの紛争で研究室を荒らされ、長年の現地調査のメモを失ったとされる。1970年に定年退官した後は研究職に就かず、弁護士となった。川島にとって1968年は、研究の終わりの始まりだった。
一人は米国の戦争を拒んで帰国し、新たな仕事を始めた。もう一人は、自らが民主化の旗を掲げてきた戦後の大学で、学生の反乱によって研究の基盤を失った。戦後民主主義の理想を共有した二人が、同じ時期に同じ大学で、正反対の転機を迎えたことになる。二人が学内で接点をもったかどうかは、今回は確認できていない。
二人の仕事には、共通する弱点もある。それは、強い問題意識が先に立ち、現実の多様さや結論の根拠の示し方が後回しになるという点である。
川島については、「封建的」「前近代的」という言葉で多様な実態を一括りにしたという批判がある。吾妻重二は、川島が武士的家族と儒教的家族を同一視し、儒教の家族倫理を実証なしに「絶対的服従」と決めつけたと指摘し、研究と「民主主義革命」のための政治的主張が混在していると批判した。結婚論でも、杉之原舜一が届出主義それ自体に婚姻を近代化する力はないと反論している。
宇沢についても、同じ構図が見られる。『自動車の社会的費用』は自動車1台あたり毎年約200万円という衝撃的な数字を示したが、その内訳は本書の中で事実上示されておらず、読者がたどって検証することができない。社会的共通資本の構想にも、理念は理解できても制度設計としての具体性に欠ける、という疑問が出されてきた。
二人の議論は、いずれも戦後の民主化や公害の拡大という切実な現実に対する応答として生まれた。問いの切実さが議論に説得力を与えた一方で、図式を先に立て、根拠を十分に示さないまま結論を世に問うという弱さも生んだ。それは二人の影響力の大きさと表裏をなしている。
川島武宜と宇沢弘文が残したものは、個々の理論や提言を超えて、「学問は社会の現実に対して責任をもつべきだ」という姿勢そのものである。
川島の問い、つまり日本人は権利をどう意識し、家族や共同体の中で個人としてどう立つのかという問いは、婚姻や家族の形が多様化した今日も、事実婚や同性婚をめぐる議論の中で問い直されている。入会権の全員一致原則も、判例批評の基準として生き続けている。
宇沢の問い、つまり市場に任せてはならないものを社会でどう守るのかという問いは、地球温暖化、格差、医療や教育の危機の中で、むしろ重みを増している。社会的共通資本は、SDGsやコモンズ論を先取りした構想として再評価されている。
二人を並べると、戦後日本の社会科学は、個人の自立と、共同で守るべきものという二つの課題を抱えていたことが見えてくる。川島は前者を、宇沢は後者をより強く語った。しかし二人とも、その土台に一人ひとりの人間の尊厳を置いていた点で、同じ地平に立っていたといえる。
本稿は、先にまとめた二つの文書、川島武宜 ― 所有権・家族・入会権の法社会学と、その後と宇沢弘文 ― 数理経済学から社会的共通資本概念形成へをもとにしている。個々の事実と引用の出典は、それぞれの文書の参考文献に示してある。
共通項の拾い出しとその解釈は、本稿独自のものである。二人の直接の交流や、一方が他方の仕事に言及した資料は、今回は確認できていない。
├計量計測データバンク ニュースの窓-493-川島武宜 ― 所有権・家族・入会権の法社会学と、その後 2026年10月9日 · @横田俊英
├計量計測データバンク ニュースの窓-494-宇沢弘文 ― 数理経済学から社会的共通資本概念形成へ 2026年10月9日 · @横田俊英
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· @横田俊英
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