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計量計測データバンク ニュースの窓-496-
隅田肇と川島武宜の法社会学が説く家族制度の解説に驚く
-結婚へ躊躇と猶予期間-
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隅田肇と川島武宜の法社会学が説く家族制度の解説に驚く
-結婚へ躊躇と猶予期間-

2026年10月9日 ·@森夏之


見ていた青春「神田学生街の一九七〇年」-改訂版5稿-2026年10月09日・@森夏之

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隅田肇と川島武宜の法社会学が説く家族制度の解説に驚く--結婚へ躊躇と猶予期間 2026年10月9日 ·@森夏之

隅田肇と川島武宜の法社会学が説く家族制度の解説に驚く-結婚へ躊躇と猶予期間-

一 『所有権法の理論』との出会い

隅田肇は法学部生として過ごすうちに、川島武宜の『所有権法の理論』を読むようになった。法社会学に最初に触れた本であった。

この本は1949年に岩波書店から出た。川島はその内容を戦時中にまとめ、敗戦直後の東大で「ゲヴェーレ」という難しい概念を学生に講じている。その講義を受けた一人が、のちに専修大学法学部の教授となる政治学者の福島新吾であった。福島は晩年、その講義で「ゲヴェーレなどという難しい概念を教えて悩ました」と回想している。隅田肇もまた、一人の読者として同じ本に悩まされ、そして惹かれた。

そこから読書は広がった。『日本社會の家族的構成』(學生書房)、『法社會學に於ける法の存在構造』(日本評論社)、『結婚』(岩波新書)、『科学としての法律学』(弘文堂)、『近代社会と法』(岩波書店)、『日本人の法意識』(岩波新書、1967年)。いずれも、川島が戦後の約二十年のあいだに世に問うた仕事である。

二 法文の暗記ではない法律学

『所有権法の理論』によって、隅田肇は、法解釈あるいは法文の暗記ではない法律学があることに救われる思いがした。

川島自身も、同じ場所から出発している。若いころの川島は、師である末弘厳太郎から「概念法学」だと批判された。それを機に、条文と概念を組み合わせるだけの法解釈学そのものを問い直し、その答えを『科学としての法律学』にまとめた。『所有権法の理論』も、所有権を条文の解釈としてではなく、「現実の社会現象としての構造」として分析した本である。所有権は人と物の関係ではなく、人と人との社会関係である。そう読んだとき、法は暗記するものではなく、社会を読み解くための手がかりに変わった。

法文を知り、それを法曹などの資格で利用するという立場は自分好みでないことを、隅田肇は知ることになる。覚えるより考えることで、遊びのように法学に接するという、逃げにも似た状況をつくりだした。法文と現実と社会と家族と結婚という関係を解き明かす川島武宜の手法に、隅田肇は魅了された。理念としての近代法を一方に掲げ、日本の家や村で実際に行われている「生ける法」を他方に置いて、そのずれを測る。その手つきは、条文の暗記よりもはるかに知的な遊びに近かった。

三 家と家族と結婚に残る封建制

家と家制度、家族と家族制度、結婚などが今なお封建制を色濃く残しているという、その分析に隅田肇は驚いた。

川島は「日本社会の家族的構成」で、日本の家族を二つに分けている。一つは武士的、儒教的な家族である。そこでは家長の命令は絶対で、親や夫に「口ごたえ」したり「理窟」を言ったりすることは尊厳を犯す大罪とされる。妻や子は権力の「客体」であって「主体」ではない。もう一つは、一家で共同して働く庶民的、農民的な家族である。そして家の上下の秩序は、親分と子分、本家と分家、地主と小作という形で社会全体へ擬制的に広がっている。家は家の中だけの問題ではなかった。

と同時に、隅田肇は、結婚については封建制度との関係で理解しなくてはならないと考えるようになった。川島によれば、日本の結婚には「婚姻は父母の決定によって生ずる」という意識が根強く残っている。結婚は本人同士のものではなく、何よりも「子を作り祖先の祭りを絶やさぬようにするという『孝』のための手段」だった。嫁を見定めるまで届出を遅らせる慣行があり、「届出のない妻の地位はまことに不安定」で、その立場は舅や姑の恣意にかかっていた。川島が、結婚と同時に届け出る法律婚の徹底を唱えたのはそのためである。

結婚とは、二人が好き合って一緒になることだけではない。その背後には家があり、家の背後には社会の秩序がある。川島の本は、隅田肇にその重さを教えた。

四 遊びとしての法学――専修大学で

このことに関わって、隅田肇は、社会と家族と結婚と、そこに流れる経済の土台への関心を持つようになった。家族と結婚と社会関係と、その経済的土台の理解を進めることに、漠とした思いをいだくようになった。

川島もまた、家族を家族だけでは論じなかった。『所有権法の理論』では、近代の法は「私的」なものと「社会的」なものを切り分け、所有を身分や家の秩序から切り離した個人の権利として立てる。裏返せば、所有が家や村の秩序と結びついている限り、近代はまだ来ていない。家族の問題は、所有と経済の問題でもあった。隅田肇の「漠とした思い」は、川島の議論のこの奥行きに触れたところから生まれたともいえる。

専修大学の法学部には、法社会学の講義に類する授業はなかった。そのようなこともあって、隅田肇は持てる時間を川島武宜の本を読むことに費やした。もっとも、同じ法学部には、敗戦直後の東大で川島の「ゲヴェーレ」の講義を聞き、「私はマルクス主義者ではありませんが」と断ってマルクスを紹介する川島の姿を覚えていた政治学者、福島新吾がいた。川島の学問は、講義の形ではなくとも、意外に近いところにあったのかもしれない。

ほかの法社会学者の本は、読めば今の社会への批評として、なるほどと思うのであるが、その場限りのものとなり、記憶には残らなかった。川島の本が残ったのは、それが一つひとつの社会批評ではなく、所有権、家族、入会権、結婚を、個人の自立という一つの軸で貫く体系だったからであろう。

五 資本論のように読む

隅田肇は、川島武宜の『所有権法の理論』を資本論にも似た感覚で読んでいたことを、後になって思う。

その感覚には理由があった。『日本大百科全書』はこの本を、商品交換の過程から近代法の構成を試みた名著と評している。後の研究者は、川島の所有論を「資本論的理解」と呼んだ。あらゆる物が貨幣で評価される商品となり、人は契約を通じて商品を交換しなければ生きられない。そうした交換の世界で、所有権は、物を実際に使っているかどうかとは関わりなく「観念的な権原」として保護されるようになる。川島はその成り立ちを、物の支配と権利が混ざり合っていたゲルマン法のゲヴェーレと対比して描いた。『資本論』が商品から説き起こして資本制の社会関係を解き明かしたように、川島は商品交換から説き起こして近代的所有権の構造を解き明かしたのである。

福島新吾が証言するように、川島は戦時中には「私はマルクス主義者ではありませんが」と断っておずおずとマルクスを紹介し、戦後は公然と「マルクス曰く」と講じた。隅田肇が『所有権法の理論』に資本論の香りを感じ取ったのは、読み手の思い込みではなかった。

こうして隅田肇は、法の現実を前にして、社会関係とその成立過程などを考えるようになった。法は天から与えられた条文ではなく、経済と社会の関係の中から歴史的に生まれたものである。川島自身も、物権の絶対性さえ歴史的に生まれたものにすぎないと述べている。

六 結婚への猶予と経済学部への編入

経済学部の三年への入学は、資本論を読むためと決めてみたものの、猶予期間の設定というモラトリアムであることは事実であった。

結婚を川島武宜が示す内容として理解すると、これには距離を置くか、猶予期間の設定も有り得ると、隅田肇は考えていた。川島の描いた結婚は、父母の決定で生じ、「孝」のための手段とされ、届け出さえ家の都合で先延ばしにされるものであった。その結婚に、何の理解もないまま踏み込むことはできない。法社会学的な結婚や家族や家についての理解を待つということであり、学習の期間を設けるということでもあった。時間がかかるな、という思いがあった。

その猶予は、奇しくも川島自身の議論と重なり合う。川島は「事実婚主義と法律婚主義」(1947年)で、婚姻も所有権と同じように「現実の事実そのものから一応切り離して観念的に定められなければならない」と論じた。届出という法の手続きによって、夫婦を家の意向から切り離し、権利の主体として立たせようとしたのである。これに対して杉之原舜一は、「届出主義自身には独立して婚姻を近代化する力がない」と反論した。制度が変わっても、結婚する人間の意識と、それを支える経済と社会が変わらなければ、結婚は近代化しない。隅田肇の猶予は、この問いに自分なりの答えを得るまでの時間だったともいえる。

結婚を理解するには家族を、家族を理解するには社会を、社会を理解するにはその経済的土台を知らなければならない。法学部から経済学部への移り行きは、猶予であると同時に、川島の問いをその土台までたどろうとする道筋でもあった。

七 弁証法の面白さと翻訳への失望

資本論では、その論理の内容よりも、弁証法的な論理展開が面白いと隅田肇は感じていた。彼の資本論は、弁証法的な言い回しをドイツ語に忠実に訳したものであった。英語版の資本論を手にしてみると、その英文ではドイツ語的な言い回しが消えていた。解釈のための手っ取り早い資本論に、隅田肇はガッカリした。それは他の日本語訳も同じであった。

この好みもまた、川島の読み方とつながっている。川島が『所有権法の理論』で描いたのは、結論を並べた解説ではなく、物を実際に支配する「占有」から、支配から切り離された「観念的な所有権」へと、私的なものと社会的なものが分かれていく過程そのものであった。その展開の仕方に、川島もまた『資本論』の論理を学んでいた。隅田肇が惹かれたのは、結論よりも、論理が自ら動いていくその過程だったのであろう。解釈のために平らにされた訳文に失望したのは、法文の暗記に馴染めなかったのと同じ理由からである。

結び

そのようにして隅田肇は、法社会学の川島武宜に触れ、資本論に触れた。とは言っても、法曹の世界を目指す人々に比べたら比較にならない時間の投入であり、自分が納得すればそれでよいという遊びとして、それはなされていた。

だが、その遊びは、川島が生涯をかけて問うたものと同じ方向を向いていた。法を条文としてではなく社会関係として読むこと。家と家族と結婚を、その背後にある封建的な秩序と経済の土台から理解すること。そして、個人が家や共同体から自立し、権利の主体として立つとはどういうことかを考えること。

川島は、理念としての近代法と、日本の家や村の「生ける法」とのずれを測り続けた。隅田肇は、川島の本と資本論と自分自身の結婚への猶予のあいだで、そのずれを自分のこととして測ろうとしていたのかもしれない。遊びとして始まった読書は、後に振り返れば、社会を見る目の土台をつくる時間であった。

――川島武宜の学問の全体については、計量計測データバンク ニュースの窓-493-「川島武宜 ― 所有権・家族・入会権の法社会学と、その後」を参照。本稿中の川島の議論と引用、福島新吾と杉之原舜一の言及は、すべて同稿による。


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